門司港レトロ
明治初期に開港して、120年。
門司港レトロエリアには、明治から大正にかけて作られた建物が今でも残っています。 木造建築の門司港駅を初め、大正浪漫ただよう建物たちがエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。 夜になれば華麗な照明と噴水のショーで彩る光のファンタジックショー「門司港レトロナイトファンタジー」が始まり、 建物たちが光をまとい、幻想的な空間を演出し、静かな時を紡ぎます。 また、商業施設も充実しており、ミュージアムや美術館など歴史やアートを感じられる場所も多く、 ゆっくりと散策を楽しむことができます。さらに、少し足を伸ばした和布刈(めかり)エリアには、絶好のビューポイントがたくさんあり、歴史の重要な転換期にたびたび登場してきた関門海峡を望むことができ、関門大橋も間近に見ることができます。
そして、忘れてはならないのが巌流島です。
武蔵と小次郎の全てがここにあります。
中午由博多站出發往北九州的門司港。
不懂買新幹線車票,直接找站務妹子要最快到門司港的票,拿票入閘才發現那妹子給我買了特急!?囧!得急車程兩個多小時耶!給我新幹線!新幹線!究竟你腦殘還是耳殘!最快的意思你不懂麼!
找站裡的大叔退票重買他還猶豫這猶豫那,我才30秒前買的票你想不退嗎(黑臉)!磨甚麼!新幹線快開掉了!
跑到月台本來想要坐上大叔叫我坐的新幹線三姑奶,但手機apps顯示另一月台有另一架同方向三姑奶早點開???哪個才對?算,坐apps顯示那一架。
新幹線從博多到小倉,之後轉JR一般列車到門司港。第一段車程30分鐘左右,tea time!
大少爺你賣的bake creamy據說卡路里很高。一口氣乾掉!XD
到了小倉但沒時間出去逛小倉城。直接轉車。
十幾分鐘後就到了。在九州北端的城市了喔!
車門一開………………天!殺!的!冷!
門司港駅舎
明治二十四年に建てられた門司駅(現在の門司港駅)は、大正三年に場所を二百メートルほど移し、現在の場所に立て替えられました。ネオ・ルネッサンス調の木造建築で、ドイツ人技師ヘルマン・ルムシュッテルの監修の下に建てられました。当時の駅のモダンさを知るにはトイレを覗いて見ると分かります。青銅製の手水鉢や水洗式トイレ(当時としては非常に珍しい)、大理石とタイルばりの洗面所、御影石の男性用小便器などはとても重厚でモダンな作りとなっているのです。二階にはハイカラなみかど食堂があり、鉄道を利用する客で大変にぎわっていました。この門司港駅、駅舎としては初めて国の重要文化財に指定されています。
看著木製的月台頂,大正時代的味道滲出來了。
旅立ちの鐘&幸福の泉
この門司港駅で、大正3(1914)年の新駅舎開業以来列車の出発時に「出発合図の鐘」として使用され、昭和には「安全の鐘」として、お客さまの安全を見守った鐘があります。
時代は平成に移り、この鐘は「旅立ちの鐘」として、結婚・進学・就職などを期に、鹿児島本線の起点である門司港駅から旅立っていくお客さまを見守るという願いを込め、この場所に蘇りました。旅立つお客さまの夢や希望が流れ込む「幸福の泉」の脇でその実現を願い、「旅立ちの鐘」は門司港駅から旅立っていくお客さまをやさしく見守ります。
日本の鉄道開業100周年を記念して建立。された九州の鉄道起点を示す0哩標。
不愧是國家重要文化財。走到哪都是三姑奶大戰大正背景的視感。
関門連絡船通路跡
帰り水
この水飲み場は駅が開業された頃に設置されたもので、以来、旅行者に門司の美味しい水を供給し続けています。 とくに戦前の海外旅行者をはじめ終戦後の復員や引揚の人達が、門司に上陸して安堵の思いで喉を潤したところから誰いうとなく「帰り水」とよばれるようになりました。
洗手間也古色古香。以為只供參觀?不,它完全現役的。
洗手間門口就有站內觀光點介紹。(位置真是……)
這個就不能用了XD。
幸福の手水鉢
重要な一枚--門司港駅正面。
原本站舍前是有一個大水池的。由於門司港駅大規模保存修理工事中,水池沒了,站舍也圍了一圈欄杆……
冷到耳朵發痛還有風力特大(香港的八號風球左右吹到你東倒西歪>_<),把鏡頭塞到圍欄格子用全力站穩好不容易才拍到一張不糊的。(你沿海也用不著那麼大風啊囧!)
旧大阪商船 (就在馬路對面)
オレンジ色タイルと白い石の帯が調和したデザインの外観と八角形の塔屋は非常に美しい。旧大阪商船は大正六年(1917)に建てられた大阪商船門司支店を修復したものです。当時、門司港からは一ヶ月の間に台湾、中国、印度、欧州へ60隻もの客船が出航していた。大阪商船ビルはその拠点の一つとして、一階は待合室・二階はオフィスとして使われており、外国へ胸躍らせて旅立つ人々で大変賑わっていました。現在、1階は海峡ロマンホール、2階は『わたせせいぞうと海のギャラリー』と門司港アート村ギャラリー「港のマチエール」になっています。
左下角有文化財標記。(這兒哪一幢不是?)
門頂的字樣隱約可見。
周圍就算不是觀光名所的建築也很有韻味。
門司港酒店旁邊是藍翼橋。這座橋每天會定時開閉,話說打開時就像一對展開的藍色翅膀。
ブルーウィングもじ
全国で最大級の歩行者専用のはね橋です。 ここから見る、関門海峡、関門大橋は非常に美しく絶景です。門司第一船留まりに架かっており、恋人たちの架け橋として大変な人気となっています。デートスポットに最高です。
橋的對面是門司港レトロ展望室和旧門司税関。
時間未到,先繼續遊逛等開橋。巧大風巧大風巧大風~走不了直線!
海峡プラザ。要是有陽光的話應該非常有生氣的…
繞了個圈,回到旧大阪商船旁、門司港駅對面的旧門司三井倶楽部。
旧門司三井倶楽部
旧門司三井倶楽部は大正十年に三井物産の社交倶楽部として、門司区谷町に作られました。建物はハーフティンバー様式(木骨様式)と呼ばれるヨーロッパ伝統の木造建築工法で作られたもので、木造の骨組みの間を漆喰やレンガ、石などを使って埋めて壁が作られ、木造の骨組みがそのまま外観デザインのアクセントとなっています。内装には各部屋にマントルピース(暖炉)が配置されドア枠、窓枠、大階段の親柱などには幾何学模様のアールデコ調の飾りがされており、大正モダンを深くうかがうことができます。当時、門司港がどれほどの経済力を誇っていたのかも容易に想像できます。また、アインシュタイン博士が全国を講演をする為に来日した際に、ここ三井倶楽部に宿泊しています。アインシュタイン博士は大変、門司港と三井倶楽部を気に入ったようで、福岡に宿泊した際も門司港の事ばかりしゃべられていたそうです。アインシュタイン博士が宿泊した部屋は今も当時のまま残されています。現在の旧門司三井倶楽部は、一階がレストランやイベントホール、二階にはアインシュタインメモリアルルーム、門司出身の女流作家林芙美子の資料室があります。この建物もJR門司港駅と同じく国の重要文化財に指定されています。
這文化財裡面有一家西餐廳,有門司港出名的焼きカレー。
進內參觀,邊欣賞精緻的內部裝潢,邊找洗手間把手頭的暖貼全貼上XD。
時間到了!回去看開橋!一開始站在門司稅關那邊,後來想想從門司港酒店那邊看也許比較好,但已來不及換邊了^^;
據聞戀人一起看到橋開會得到幸福喔!那我一個人看是不是會有金運?(不可能。)
完全無遮蔽的橋邊刮著超級颶風……還突然刮雨x雪,打橫90度迎面撲來!!!?開甚麼玩笑!!!大風吹-----!!!吹得我要找燈柱,沒有燈柱,只好走遠一點貼著門司稅關的牆壁看,免得掉進海裡。
大衣帽子圍巾包得嚴實像中東裝只剩眼睛露出來(完全なる変質者),抓緊相機連環拍!
雲がいいTimingで空けてくれた。
旧門司稅關 (我的避寒中心<-- 不是!)
旧門司税関は明治42年(1909)に門司税関が発足したのを契機に、明治45年(1912)に煉瓦造り瓦葺2階建構造で建設されたものです。昭和初期までは、税関庁舎として使用されていました。平成六年には北九州市が赤煉瓦を特注し、建物の復元を行い、近代的なデザインとモダンなネオルネッサンス調が交わり非常に奥深い建物となりました。1階は天井吹き抜けの広々としたエントランスホール、休憩室、喫茶店「レトロカフェ」、展示室、2階はギャラリーと関門海峡や門司港レトロを一望できる展望室となっています。
這建築物裡裡外外很有横浜赤レンガ倉庫的感覺。手腳已冷到麻了,在室內多待一下 (鼻水流流T_T)。
剛好有人在排練當晚的音樂會。
国際友好記念図書館
中国の遼東半島にある年、大連市はかつて門司港とは国際航路で結ばれ交流が盛んであった。そして、昭和54年に両市は友好都市を締結し更なる交流を深めてきた。その友好都市締結15周年を記念し、ロシア帝国が明治三十五年(1902)大連市に建築した東清鉄道汽船事務所を、そっくり複製し建築されたもが国際友好記念図書館です。ドイツ人技師が設計した特異な建築様式で作られていて、エキゾチックな外観がすばらしい。国際友好記念図書館の一階はレストラン、二階は中国・東アジアの文献を収蔵した図書館、三階は資料展示室となっています。
長這個樣子,你不會想到一樓是中華料理……
出光美術館
平成12年に誕生した「出光美術館(門司)」は、出光興産の創業者、出光佐三氏が集めた陶磁器や絵画などの美術品を所蔵する私立美術館です。古い倉庫を改装したこの美術館は、大正期の倉庫の雰囲気を伝える建物の外観を残しています。
天色開始暗下來了。
海峡プラザ
複合商業施設「海峡プラザ」1階には、おみやげや地元の海産物・雑貨があふれるマーケットです。2階には眺望が自慢のレストランなどがあり、見どころ満載のスポットです。
香蕉man!要不是天氣差它們應該立在岸邊的。明明有兩個,找不到另一個…
店舖都挺有趣。逛了逛玻璃品館,東東很漂亮但價錢實在出不了手。手信店也很多東西,但我想入黑前去關門海峽隧道所以沒辦法仔細看。
由北九州門司港過海去彼岸的本州有兩個方法。一個是坐渡輪到唐戶,另一個就是利用關門海峽大橋。我就是想到關門海峽大橋的行人專用道走走。
去關門海峽大橋要在門司港駅坐巴士。天暗下來,駅舎又是另一個面貌。
事前已經查好了巴士號碼和車站位置,快到巴士站時竟然看到要坐的那號巴士就要開出!匆匆追上去跑上車。
過了幾個站,一直是差不多偏遠鄉鎮的景色。つまり、田舎。
一直留意站名,坐了十幾分鐘,等了好久還不是我要下車的站,不安……
之後停的站出現了一個見過的地名……門司(今天JR經過的站名)!!!?
不對勁!!!立即趁車停站問司機……
司機告訴我……
這是反方向的車!!!!!!!!?
何だとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
居!然!坐!錯!了!
為什麼去程和回程的車會用同一個車站呀甚麼鄉下地方呀靠 T口T!
在鄉下地方坐錯車了靠 T口T!
為什麼上車前不看清楚車子目的地標哪裡呀靠 T口T!(雖然看了也未必發現)
只看到號碼對就上車是我錯了……嗚嗚嗚嗚嗚
司機指路我過另一邊等73號巴士。垂頭喪氣的去等,還好,十分鐘就來了一架。
保險起見問問司機,一上車直奔司機席(日本巴士好麻煩在後門上車,不趕快問車就會開走了)。
司機回答說:
這架不對啊!
是會到關門海峽大橋附近但不到隊道入口。
我呆……司機指路我等74號巴士。
下車……呆……看站牌……74號……下一架車是一小時後。
なんだよ!!!なんなんだよ!!!!!なによこの田舎!!!!!(摔!)
怎麼辦啊我……
等一小時就算去得到関門トンネル人道,時間那麼晚也沒有巴士從那兒回門司港了啊……
又冷啊…又黑啊…人又倒楣啊……
一個人縮在門司的巴士站發愁。
那不去関門トンネル吧?反正旅行用不著辛苦自己。
那要回門司港麼?但我已沮喪到不想繼續走了。
那回博多嗎?反正門司JR就在後面。
最後,我上了下一架往門司港的巴士。
雖然不能完成原定行程,但至少得達到原本的目的看看門司港レトロ的夜景啊!
天全黑了。在巴士裡看著剛才見過的田舎風景,在浪費了一個多小時之後,我又回到了門司港駅。。。(苦逼啊~~~)